酒匂さんを偲ぶ会

昨年末に逝去された「酒匂さんを偲ぶ会」に参加した。
酒匂さんは地下資源調査所所長を務められた大学の先輩である。
直接に「地質屋は真面目に仕事をしてはいけない」と何かの折に教わった。
酒匂さんは鹿児島県出身で、酒匂という名字も鹿児島に多いらしい。
いつも物静かで紳士的な対応をされていて、木崎先生や安藤さんにも同じ雰囲気を感じていた。
話の中で酒匂さんの父親が北海道で連隊長をされていたという。調べてみると歩兵25連隊に(第19代 酒匂純夫1943.8-1945.3)という人が居るのでこの方が父親であろう。そのせいか、酒匂さんも北大に入る前に陸軍幼年学校にいたらしい。戦後、大勢の若い元軍人が大学に入学するのはたいへんだったらしい。物静かで紳士的な態度はその時から身につけられたのだろうという話になった。僅か35歳の時に未熟な学生達を引き連れてヒマラヤ遠征隊を組織し、隊長としてのリーダーシップは素晴らしかったとダン吉さんは回顧していた。僅か35歳であれほどのリ-ー-ダーシップをとれる人は最近では見たことがないと。
図書館で探すと、西村京太郎「十五歳の戦争 陸軍幼年学校「最後の生徒」」集英社新書 2017年が見つかった。供養のためにもこの本を読んでみよう。
--------
この本の内容紹介文
昭和二十年四月一日。少年・矢島喜八郎、のちの作家・西村京太郎は、エリート将校養成機関「東京陸軍幼年学校」に入学した。八月十五日の敗戦までの、短くも濃密な四か月半。「天皇の軍隊」の実像に戸惑い、同級生の遺体を燃やしながら死生観を培い、「本土決戦で楯となれ」という命令に覚悟を決めた―。戦時下の少年は何を見て、何を悟ったのか。そして、最後の混乱をどのように生き抜いて作家となったのか。本書は、自身の来歴について、著者が初めて書き下ろした自伝的ノンフィクション。いまこそ傾聴したい、戦中派の貴重な証言である。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック