もっとすこやかになるために
大人になると確かに、絵を描くということがなくなる。子供の頃は紙を見つけては好きなように書いていたはずなのに、大人に近づくとだんだん、下手だからなどといって、文字だけ書くようになるのだ。けれど、字に個性があるように、絵もその人がよく表れる。歌うこと、絵を描くこと、踊ること。子供の頃は自然にみんなしていたことを、大人になるにつれてもっと上手い人がいるから、プロみたいには出来ないから、時間もないし、と自分ができること、自分の活動を限定していってしまう。多様な表現をしなくなる。これはほんとうにもったいないことだと思う。常識や、恥ずかしさを超えて、人と交わりながら芸術活動をする、そうやって相手を知り、自分を知るということは、釜のおっちゃんだけでなく、すべての人にとって大切なことのような気がする。自分の心を表現して発信することは、心の風通しをよくすることだ。
寺尾紗穂「彗星の孤独」2018年 より。
著者について
音楽家。文筆家。1981年11月7日東京生まれ。2007年ピアノ弾き語りによるアルバム『御身』が各方面で話題になり、坂本龍一や大貫妙子らから賛辞が寄せられる。ソロアルバム『愛し、日々』『御身』『風はびゅうびゅう』『愛の秘密』『残照』『青い夜のさよなら』『楕円の夢』『私の好きなわらべうた』『たよりないもののために』をリリース。並行して伊賀航、あだち麗三郎と結成したバンド「冬にわかれて」の始動、坂口恭平バンドにも参加。映画の主題歌提供、CM音楽制作やナレーション、エッセイやルポなど活動は多岐にわたる。新聞、ウェブなどで連載を持ち、朝日新聞書評委員も務める。著書に『評伝 川島芳子』『愛し、日々』『原発労働者』『南洋と私』『あのころのパラオをさがして 日本統治下の南洋を生きた人々』、編著書に『音楽のまわり』がある。
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